11.悲しみの丘で
(1)
西暦2200年9月5日。 ヤマト、地球に生還。 加藤と山本は、約束通り、元気に帰って来た。 涼は二人を迎え、抱き合って無事を喜んだ。
あの日の記憶は――。 夢の中の1ページのようだった。
帰還後、二人は休暇を家族と過ごし、その後、揃って月面基地へと旅立った。 三者三様、皆それぞれに忙しく、別れを言う間もなかった。
今思えば――。 無理にでも時間を割いて、会いに行けばよかったと、涼は深く後悔する。
西暦2201年。 二人は、新たな脅威・彗星帝国との戦いに、ヤマトクルーとして再び乗り込んだ。
そしてそのまま――。 帰ることはなかった。
どのメディアをあたっても、生存者名簿に加藤三郎と山本明の名はなかった。 代わりに戦死者名簿に揃って記載されている二人の名前。
あの、さぶちゃんが死ぬなんてこと――。 やまもっちゃんに至っては遺体すら残っていないなんて――。
何も手につかなかった。 二人がもう、この世にはいないのだ――ということを認めたくなかった。
涼の耳に再び、忌まわしい母の言葉が蘇っていた。
(2)
その日。 涼は、加藤三郎と山本明の、真新しい墓標のある英雄の丘にいた。 刻まれた二人の名を、代わる代わる撫でながら、涼はまだ夢を見ているようだった。
私の大事なヒトは、みんな、みんな逝ってしまうんだ。 やっぱり、母の言ったとおりなのだろうか。
(おまえは私の子だからね。ろくな死に方はしないよ。わかるんだよ。おまえは私にそっくりなんだ。)
涼は思わず耳を塞ぐ。 大事なヒトを失いながら、私も母のように寂しく死んでいくのだろうか。
「おまえ。オレなんか比べモンになんないくらいアタマいいけど、でもなんか、放っとけないんだよな。」
「ろくな死に方しないのは、そういう生き方しかしなかったからさ。おまえは違う。おまえはおまえさ。おまえがどう生きるか――さ。」
「おまえ、お袋と同じ末路をたどりたいのかよ!んなこと思っちゃいないだろ。だったら同じにはならねえ!!おまえはショウタに会ったんだろ?オレ達にも会ったろ?お袋のつまんねえ言葉にいつまでも縛られてんじゃねえ!そうだろ!しっかり前向いて生きようぜ。おまえも、オレ達も、な?」
みんなみんな、よく言うよ。 死んじゃったくせに。 私ひとり残して、みんなみんな、逝っちゃったくせに――。 好き勝手なことを言うな!! わかったようなクチ、きくな!!
バカ野郎!!バカ野郎!!バカ野郎!!
膨れ上がる悲しみに再び涙が零れかけた時、ふと人の気配がして、涼は振り返った。
女がひとり――。
(軍の制服?)
女は嗚咽している。 声を押し殺して呻くように――。
涼の気配にも気づかず。 膝を突き、地面に這いつくばるようにして泣いている。
耳を塞ぎたくなるくらい、悲しげな声――。 涼は、物陰に隠れるようにして、ただ、ぼんやりとそれを見つめていた。
嗚咽が止んだ。 女は、よろよろと立ち上がる。 そして天を仰いだ。
少し強い風が吹きつけて、彼女の髪が翻弄されるようになびく。 女は何かに耐えるように、その場に立ち尽くしている。
やがて彼女は、何かを決意したように、ゆっくりと前を見据えた。
(あ……。知ってる。この人――)
ヤマトの人だ。 今回の航海で唯一の女性クルー。
病院でも会ったことがある。 川原先生が、彼女を医者として育て、迎えたかったと言っていたっけ。
泣き腫らした目ではあったが端正な面立ち、折れてしまいそうなほど華奢な肢体。 とても宇宙で戦っていたとは思えない。
この人が、森……雪。
ああ、彼女も大勢の仲間を失ったのだ。 さぶちゃんも、やまもっちゃんも、彼女にだって、かけがえのない仲間だったはず―。
彼女だけじゃなく生還したヤマトのクルー達はどんな思いだっただろう……。
そしてこの人は。 人目を忍び、ひとしきり泣いて、何を決意したのだろう。
(なんだか……泣きそびれちゃった。)
森雪は、ゆっくりと丘を下っていった。 その背中を、涼はただ、ぼんやりと見送るだけだった。
(3)
翌日――。
加藤三郎の弟、四郎という自分と同じくらいの年頃の少年が、涼を訪ねて、寮にやって来た。
兄にそっくりな容貌に、涼は、どきり――とした。 彼は言葉少なに兄の思い出を語り、小さな小さな包みを涼に手渡した。
「これ、兄の遺品なんだけど、キミに持っていてもらった方がいいと思って。」
中には――。 あの、ブラックタイガーのキーホルダーが入っていた。
「俺がいっくら欲しがっても、絶対にくれなかったんだ、それ。大事なお守りだからって。」
そう言って努めて明るく笑いかける四郎。
「お守りだなんて!なんの力もない、ただのマスコットだよ。」
投げやりに答える涼を、四郎は悲しげに、そして労わるように見つめた。
「そんなことないと思うぜ。だって兄貴は敵中から古代さんと一緒にヤマトまで帰って来たんだ。きっとそいつのオカゲだと俺は――」
しかし、涼は顔を背けたまま、でも――と四郎を遮る。
「山本さんは……遺体すら帰って来なかったけどね。」
小さく溜息をつくと、四郎はうつむいた。
「……そうだけど。俺としてはキミが、兄貴や山本さんのこと大事に思っててくれてホントに嬉しかったんだ。だから、頼むからそんなに悲しい顔しないでくれよ。少なくとも兄貴は……底抜けに明るい男だったんだ。だから――」
涼は顔を上げて小さく微笑む。
「ごめんね、四郎君。私なんかより弟の四郎君の方がずっと辛いのにね。ごめん。」 「謝るなよ。俺だって、あの兄貴が死ぬなんて――って思ったさ。今だって、夢なんじゃないかって思うんだ。ホントに……ホントにショックだったけど、俺達は兄貴が戦闘機乗りになった時点で、いつもどこかでこんな日が来ることを覚悟してた。だから……気持ちの整理はもう、ついてんだ。俺……さ。俺もさ。兄貴の遺志を継いで戦闘機乗りになるんだ。」
四郎は柔らかく微笑んだ。
「そう、なんだ。それなら尚更これは四郎君が持ってた方が……。」 「いや、それはキミに持っていて欲しいんだ。」
キーホルダーを差し出す涼に、静かに首を横に振る四郎。
涼は、ふっ、と苦笑した
「四郎君……。あなた達、顔だけじゃなくて性格も似てるのね。」 「そうかな。性格は違うって言われるけど。」
四郎は困ったように坊主頭を掻く。 涼はそんな四郎に、根っこの部分が同じなのよ――と言って小さく微笑む。
「じゃあ、代わりに私のを持ってって。」 「キミの?」 「ウン。3つ作ったのよ、ブラックタイガー。あなたのお兄さんのと山本さんのと、そして私のこれ。」
涼は、懐から自分のキーホルダーを取り出すと、ちゃらん、と揺らしてみせた。
「それなら、もらっとくよ。」
四郎は受け取って、ギュッと握り締めると、ニッ、と微笑んだ。
(ホントによく似てるわ、あんた達――。)
涼は、四郎のやさしい笑顔に、心が癒される気がした。
(4)
四郎が帰って、掌に兄・三郎のキーホルダーが残される。 涼は、塗装の剥げかけた、その小さな機体をそっと撫でてみる。
加藤三郎も山本明も、もういないのだ。
まだ20歳そこそこの青年の、短い人生……。
涼は、キーホルダーをギュッと握り締めた。 小さな肩が小刻みに震え、その手を大粒の涙が濡らす。
涼は泣いた。 声を上げて泣いた。
ショウタは、私が一人ではないことを、教えてくれ、死してなお、加藤三郎と山本明に引き会わせてくれた。 そして、加藤と山本は、自分のこれからの生き方を指し示したくれた。
ごめん、みんな。 何やってるんだ、私は。 生きていこう。 私。 彼らの思いに応えられる様にしっかり前を向いて。 私を生かす力に、彼らがなってくれたように。 今度は私が誰かにとってそうなれるように。
生きるよ、ショウタ。 あんたの分まで。 歩いていくよ。 加藤三郎。そして山本明。 私は私の人生を。
ひとしきり泣いた後。 涼は、ゆっくりと立ちあがった。
それから顔を洗って。 鏡の中の泣き腫らした自分の顔に、ひとり、苦笑いをした。
深呼吸をひとつ。
涼は引いたままだったカーテンを開けた。 おだやかな、午後の陽射しが涼を照らす。
涼はドアを開けると、まるで背中を押されるように表へと歩み出た。 そして――。 昨日、あの丘で森雪がそうしたように、涼は決意の瞳で前を見据えた。
11.悲しみの丘で 終了
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